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広がる給与格差

1割は賃上げ、9割は賃下げの宿命に

   昇格&一時金でおおきな差

  年功型賃金は完全崩壊へ


日本企業の社内での給与格差は2000年以降、急速に広がったとよくいわれる。ただ、そうした話の多くが、サンプル数の少ない調査や周囲の批判などの印象論にとどまっていた。実際、全国を網羅した正確なデータをもとに実証研究した例はほとんどなかった。


 そんな中、注目されるのが、全国1500の健康保険組合のデータを分析した、富士通総研・経済研究所の河野敏鑑・上級研究員の研究である。河野研究員は被保険者1500万人の60カ月分(03年4月~08年3月)のデータを集め、給与二極化の実態を明らかにした。


 男性被保険者では、03年4月~04年3月の12ヶ月平均で最も多かったのは月給40万円台前半だった。それ自体は4年後の07年4月~08年3月の12ヵ月平均でも同じだったが、注目すべきはその増減だ。月給20万円前後と50万円前後のほうが、月給40万円の被保険者よりも増えは大きい。


 被保険者の月々の保険料の支払額を決めるために、健保は月給で被保険者を分類している。この等級ごとの人数の変化を個別に調べれば、同一社内での給与格差が客観的にわかるというわけだ。


米国と比べても異常に大きい賞与格差


 やはり社内での給与格差が広がっていた。ではこの間10年間ほどで、いったい何が変わったのか。人材コンサルティング会社、ヘイコンサルティング グループの高野研一社長は、「日本企業は10年前に比べると昇格で大きな差をつけるようになった。次に大きいのは賞与だ」と解説する。


 昇格の有無で、実際どのくらいの給与差があるのだろう。高野社長によれば、大手企業で40歳代半ばの社員の場合、課長ならば基本給や役付手当の合計で年800万~1000万円になる。役職なしの同期入社の社員と比べると、最大で年400万円の差がつく。さらに社内格差を加速させるのが、業績連動による賞与・一時金だ。高野社長によれば、同じ課長でも最大でプラスマイナス7%の差がつくこともあるという。給与格差が大きいとされる米国でも、投資銀行や製楽会社など一部例外を除くと、「ポストと賞与はセットのため、これほど差がつくことはない。日本企業の賞与格差は米国と比べても異常」(高野社長)だとされる。


 さらに高野社長は、「グローバル化によって給与格差はさらに拡大する」と見通しを示す。日本企業で役職なしの役員の社員の給与は、欧米企業と比べても高い一方で、部長以上の給与は抑えられている。これでは優秀なマネジメント層が、外資に流出してもおかしくない。実際、「中国などアジアの若者の間では、最初は日本企業に就職し、部長になる手前くらいに欧米企業に転職するのが当然視されている」(高野社長)


給与格差を助長するバブル入社組の存在


 そして成果主義に基づいた人事制度改革が、給与二極化に拍車をかけそうだ。これまでの日本で長らく主流だったのは「職能給」。実際にポストに就き、発揮されたかどうかはさておき、社員の持つ能力に対して、役割や職務の内容を重視するのが「役割・職務給(以下、役割給)」である。会社が期待した役割を果たしているかぎりにおいて支払われる。


 この役割給を導入する日本企業が急速に増えている。日本生産性本部の調べでは、10社に8社が、管理職に役割給を導入している。うち37.0%は職能給との併用、24.7%は役割給だ。


 職能給と役割給とではどう違うのか。わかりやすくいえば、適任ではないと見なされてポストを外されても、能力を失うわけではないから職能給は変わらない。ところが役割給では異動して今までの役割を果たせなくなった途端に給与が下がる。


 役割に応じて支払う、ということ自体は一見合理的である。だが別の狙いがあるとの見方もある。


 経営組織論が専門の東京大学経済学部の髙橋伸夫教授は、「役割給に代表されるような成果主義は、バブル期に採用しすぎて「バブル入社組」を多く抱える大企業で、総人件費を抑えるための方便として使われている」と指摘する。バブル入社組とは1988~92年ごろに大量入社した社員を指す。


 大手企業の多くが、好業績にもかかわらず賃金のベースアップに踏み切らないのは、このバブル入社組の人件費負担が今後ますます増えることが目に見えているからだ。

 ヘイグループの高野社長も髙橋教授の見方を裏付ける。「バブル入社組全員を管理職にするだけのポストがない。そこで「同期全員が管理職になる時代は終わった」と多くの大手企業がパラダイム(世界観)を切り替えた」。


 地方の中小企業にめを転じると、都市部の大企業で働く会社員の近未来を暗示しているかのようだ。


 東日本大震災や原発事故で甚大な被害を受けた福島県では、賃金カーブが40歳代前半でほぼフラット。40歳代後半になるとガクンと下がっている。年収の水準そのものも低い。たとえば50歳のうち第1四分位(下位25%)の平均年収は300万円を切っている。


 日本人全体の供与は、97年をピークに地盤沈下を続けている。国税庁データ(1年以上勤続の供与はピーク時から総額で25兆円近く減っている。一人当たりの年収は467万円から409万円に落ち込んだ。この間、給与所得者は40万人増えた。多くは、1年以上勤続し正社員と同じ職務内容なのに、年収が低く抑えられている「常用非正規」だ。


中高年の正社員給与が非正規賃上げの原資に


  デフレ脱却の成否は賃上げに懸かっている。給与が上がらなければ先行する物価上昇に家計が耐えられないためだ。賃上げの中でもデフレ脱却に直結するとみられるのが、賃金水準が低いため消費性向が強い、非正社員の給与を大幅に引き上げることだ。だが非正社員を多く抱える企業では、総人件費の激増を招く。現実的な解は、中高年の賃金が下がるケースが出てくる」(日本総合研究所の山田久調査部長)というわけだ。


 バブル入社の中高年の給与を抑える一方で非正規に報いる。多くの日本企業の人事担当は、理屈は単純だが実施は容易ではない難題に直面している。


 同時にモチベーション維持のために、優秀な社員には給与増で報いる必要があるのは変わらない。だが、「誰が見ても優秀な人材はどうな会社でも1割程度」(髙橋教授)。残り9割の正社員の給与は、非正規との格差是非のファンドになる。それが宿命なのかもしれない。


                                                                                                                                 東洋経済週刊により